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​六日市地区の歴史 muikaichi area

 六日市地区は、内子町の中でも中心市街地に当たり、内子本町商店街など賑わいのある地区となっています。

 この内子の中心部は、特に14世紀中頃から始まったとされる「市」から発展したとされています。

 寛政12 年(1800) の『大洲旧記』によると「廿日市」が立ち、また厳島神社の「荒えびす」を勧請して「廿日市」に鎮座させ、その後、高昌寺の下に立てられた「七日市」(のちに「八日市」へ変更)・「六日市」が発展し、現在の町並みの原型ができたとされています。これら3 つの「市」は現在も地名として残っています。

 その後も和紙や木蠟の生産などで繫栄し、また小田川の舟運による交通の要衝としても賑わいました。特に六日市地区は、江戸時代には紙役所が置かれ、藩内でも有数の経済の中心地として栄えました。明治・大正期にも、宿屋や料理屋、置屋、菓子屋、呉服屋、医院、造り酒屋などが並び、「車馬の往来、織るがごとし」と形容されるほど賑わっていたと伝わります。それら繁栄により通り沿いの町並みが形成されていき、今も多くの建造物が使われ続けています。

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